「お前は、馬鹿かっ!!」
激昂したスカル姉さんが俺の額を指で突っつきながら怒鳴っていた。
俺の横にはスバルちゃんが苦笑いを浮かべながら立っている。
その後ろのベッドには、痩せ細ったミーちゃんが寝かされていた。
彼女はすやすやと吐息を立てて眠っている。
柔らかい寝床すら久々なのだろう。
ここは魔王城前の開拓地に立てられたスバルちゃんの薬屋である。
俺がスカル姉さんの診療所に入院している間に、魔王城前の開拓は順調に進んでいたようだ。
魔王城から伸びたメインストリートはエルフの村まで繋がり、その間には何軒かの建物が建築
されていた。
ハンスさんが営業する酒場、スバルちゃんの薬屋、ワイズマンが投資して建てられた幾つかの
商店、それに作業員が寝泊まりする長屋が並んで建てられている。
それに魔王城前の倒壊した石橋も復旧作業が始まっていた。
素材の岩はクレーター山脈に岩場を見つけたハドリアヌスが指揮して採掘しているらしい。
石橋が直ったら、次は魔王城や城壁の復旧が始まるとか。
まあ、兎に角、なんやかんやと作業が進んで、魔王城前キャンプから名前を改めて、魔王城街
と呼ばれ始めていた。
そして、俺は盗賊ギルドの本部からミーちゃんを助け出すと、とりあえず魔王城街に逃げ込ん
だってわけである。
「な~、スカル姉さん。ミーちゃんをパパッとヒールで治してくれないか」
「無理だっ!」
「げふっ!!」
脇腹を拳でしばかれた……。
まだ打撃は背中の刺し傷に響くぜ……。
俺は痛みを堪えながらスカル姉さんに訊いた。
「なんで、無理なんだよ?」
スカル姉さんは再び俺の額を突っつきながら言った。
「衰弱はヒールで治らん。ヒールは奇跡の力で傷を癒す魔法だ。体力やメンタルを癒す魔法じゃ
あないんだよ。それはトランス・ファー・メンタルパワーって魔法だ。それで精力が充電出
きる」
「じゃあ、それを掛けてくれよ」
「無理だ」
「なんで?」
「その魔法を私が使えないからだ」
「マジ?」
「ヒールは肉体を癒す魔法だ。だからヒーラー系である私にも使えるが、メンタルを癒す魔法
はセラピスト系の魔法だからな。医師の私には無理なんだよ」
ヒーラーもセラピストも医者だろ?
いや、免許が違うのか?
「難しいことは分からん。じゃあ、誰なら使える。具体的に人物の名前を出してくれ。引っ張っ
てくるからさ」
「セラピスト系が使える魔法使いは希だ。ソドムタウンに使える人物は居ないぞ」
「あらら……」
俺はベッドで眠るミーちゃんの顔を見下ろした。
するとスバルちゃんが言う。
「大丈夫よ、アスラン君。私が作った精力剤を飲んでれば、一週間もすれば歩けるぐらいには
回復するよ」
俺はベッドの横のサイドテーブルに置かれた小瓶を指差して言った。
「その、くっさい毒々しい薬ってさ、効くの?」
スバルちゃんは笑顔で言った。
「はい、これはケンタウロスのお小水とコカトリスの睾丸を一緒に煮込んだ液体から抽出した
栄養剤ですから、衰弱した患者さんには抜群ですよ」
「そ、そうなんだ……」
オシッコと金玉なんだ……。
俺が嫌な顔をしていると、スバルちゃんが満面の笑みで俺に話し掛けて来た。
「ところでアスラン君。なんでキミは、私たちの愛の巣に、自分を刺した女性を運び込んで来
るんですか?」
スバルちゃん、怖いぞ……。
表情は笑顔だが、心の中では悪鬼羅刹の気配をグツグツに煮詰めているぞ……。
「いやね、ほら、ミーちゃんはソドムタウンを追放されてるから、スカル姉さんの診療所にも
運び込めないからさ。だから、スバルちゃんを頼ったわけで……」
「馬鹿か、お前は……」
「いでっ!」
スカル姉さんに後頭部を殴られた。
スカル姉さんが再び俺の額を突っつきながら説教を始める。
「お前、こんなことしてると結婚できないぞ!」
「俺、結婚なんてまだ考えてないぞ……」
「じゃあ、なんでスバルちゃんに糞の世話までさせたんだ!」
スカル姉さんが怒鳴った。
「なんでって、動けないからだよ……」
「そんなの言い訳になるか!」
「あの~、スカル姉さん?」
「なんだ!?」
「なんで怒ってるの?」
「お前が結婚を申し込んだのに、それを違えようとしているからだろ!!」
「はぁ~……???」
俺は首を傾げた。
スカル姉さんの言っている意味が分からない。
俺はスバルちゃんに訊いた。
「なんで、怒ってるん?」
「ア、アスラン君、酷い……」
ええっ!?
スバルちゃんの瞳に涙が浮かぶ。
何故に泣く!?
もしかして、オレが泣かしたのか!?
そうなのか!!??
狼狽する俺を見てスカル姉さんがポンっと手を叩いた。
「あっ、そうか……。アスランお前、この辺の産まれじゃあないんだっけ?」
「ああ、そうだけど……」
この辺どころか、この世界の産まれじゃあねえよ。
スカル姉さんはゴホンっと咳払いをしてから話し出した。
「ここら辺の風習でな、大便の世話をした男女は生涯同じ家に住み、同じ墓に入るって風習が
あるんだよ……」
俺は腕を組んで考え込んだ。
「大便の世話って、それって老人介護っぽいな……」
スカル姉さんも腕を組んで言う。
「そうだ、老後の世話を夫婦でやる。まだ動けるほうが、先に動けなくなったほうの世話を見
る。それで大便の世話もだ。だから、大便の世話を異性に頼むってのは、結婚してくれって意
味なんだ。要するに、プロポーズの言葉なんだよ」
「な、なるほど……」
プロポーズなんだ~……。
マジでプロポーズなんだ~……。
「お前は私とスバルちゃんに頼んだよな?」
「ああ、大便の世話を二人に頼みました……」
「私は断ったよな」
「うん、断られた……」
「お前となんか、結婚したくないからな」
「だよね~」
「でも、スバルちゃんは喜んで引き受けたよな!」
「うん……」
「それは、お前のプロポーズを受けたってことだ!」
「マ、マジですか……」
それって、スバルちゃんが俺のプロポーズをOKしたってことですよね!!
「スバルちゃん……」
俺がスバルちゃんのほうを見ると彼女は頬を赤くしながら頷いた。
「だからスバルちゃんは今まで仕事で溜め込んだ貯金を叩いて、この店を建てたんだぞ!」
それで愛の巣とか言ったのか……。
「それを退院早々に別の女を連れ込むなんて、お前は最低の男だな!!」
「俺、最低だ!!!!!!」
「そう、最低の浮気男だな!!!」
でも、プロポーズの言葉が大便の世話を頼むってなんだよ!!
そんなの知らないと、ただの罠だわ!!!
「俺、スバルちゃんと結婚しないとアカンのか……」
「当然だろ!!」
またスカル姉さんに頭を叩かれた。
俺はスバルちゃんを見詰めながら言う。
「結婚は構わないが、俺には夫婦になるための問題があるんだ……」
スバルちゃんは不思議そうに首を傾げた。
「俺、エロイことをすると死んじゃう呪いに掛かってるんだよ……」
スカル姉さんが「これ、本当だから」ってサポートしてくれた。
それでスバルちゃんも信じてくれたようだ。
そしてスバルちゃんが強い眼差して俺に言った。
「私はアスラン君となら、セックスレスでも大丈夫だよ!!」
「マジですか!?」
「マジですよ!!」
俺は咄嗟にスバルちゃんに抱き付いた。
スバルちゃんは全身を硬直させながら俺のハグを受け入れてくれていた。
だが、しかし──。
「ぐぉぉおおおお!!!!」
ヤバイ!!
心臓が!!!
俺は自分の胸を鷲掴みながらスバルちゃんから離れた。
俺の額から冷や汗がダラダラと流れ落ちる。
「ア、アスラン君、大丈夫!?」
スバルちゃんが呪いに苦しむオレを見て心配そうに言った。
俺はスバルちゃんを見詰め返しながら言う。
「スバルちゃん、俺、新しい目標ができたよ!」
「な、なに……?」
「俺、呪いを解くために頑張る!!」
俺は力強く拳を握り締めた。
「アスラン君……」
「そして、俺、スバルちゃんと結婚してエッチする!!」
「アスラン君!!」
スバルちゃんが口元を押さえながら感動していた。
しかし、想像が先走った俺の棟が痛み出す。
「ぐぁぁああああ!!!」
俺は必死に胸の痛みに堪える。
そして、新たな誓いを口に出して形に変えた。
「だから、呪いが解けたら俺と結婚してくれ!!」
スバルちゃんが「うん」って頷いた。
「だから、呪いが解けたらエッチさせてくれ!!!」
スバルちゃんが「うんうん」って頷いた。
「ぐぅぁああああ!!!」
想像しただけで胸が爆発しそうですわん!!!
ついに俺はその場に倒れてのたうち回った。
そして、スバルちゃんとエッチに励む初夜を想像しながら俺は気絶した。
意識を失う。
【つづく】
一方、アスランが気絶した後にスカル姉さんが言う。
「馬鹿か、こいつは……。どこの世界にウンコの世話したら結婚する風習があるんだよ。嘘に
決まってるだろ。でもスバルちゃん、こんなプロポーズでも良かったのか?」
「籍さえ入れれば勝ちですから!」
「怖い娘だな……」
【つづく】